
唾液腺がんにも「狙える目印」がある――AR陽性・HER2陽性と新しい治療

濱元誠栄院長こんにちは、銀座みやこクリニック院長の濱元です。
唾液腺がんは、耳の前にある耳下腺や、あごの下にある顎下腺などから発生するがんの総称です。
比較的まれながんですが、ひとくちに唾液腺がんといっても、実際にはさまざまな種類があります。
そのため、同じ唾液腺がんでも、がんの性質や進行の速さ、効果が期待できる薬は大きく異なります。
唾液腺がんの中で、近年注目されているのが、AR(アンドロゲン受容体)とHER2です。
ちなみに、ARは前立腺がんで見られ、HER2は主に乳がん多く見られます。
そんなARやHER2が特に多く見られるのは、唾液腺がんの一種である唾液腺導管がんです。
唾液腺導管がんは、顕微鏡で見ると乳がんの一部に似た形をしています。細胞の性質も似ており、男性ホルモンの信号を利用するARや、細胞増殖の信号を伝えるHER2を持つことがあります。
2024年に報告された唾液腺導管がん46例の解析では、半数以上でARが強く発現し、約36%がHER2陽性でした。
ARまたはHER2の少なくとも一方を治療標的にできる可能性があった患者さんは、約7割に上りました。
それくらい、唾液腺導管がんはホルモンに関連するがんだと言えます。
ARやHER2について以下に解説します。
ARとは「男性ホルモンの信号を受け取る装置」
ARは、男性ホルモンの信号を受け取る、細胞内の「受信機」のようなものです。
ARを持つがん細胞は、男性ホルモンの信号を利用して、生き残ったり増殖したりしていることがあります。
ただし、男性ホルモンが多いから唾液腺がんになった、という訳ではありません。
がん化する過程で、がん細胞がARを利用する性質を獲得したと考えられています。
そのため、女性の患者さんでもAR陽性になることがあります。
AR陽性の場合は、ホルモンの信号を遮断する
AR陽性の進行・再発唾液腺がんでは、前立腺がんの治療と同じ、男性ホルモンの働きを抑える治療が使われます。
2026年3月、日本で
- 男性ホルモンの産生を抑える「ゾラデックス」
- がん細胞のARを遮断する「ニュベクオ」
を組み合わせる治療が、AR陽性の根治切除不能な進行・再発唾液腺がんに対して承認されました。
男性ホルモンを減らし、かつ、がん細胞側の「受信機」もふさぐ、二重の治療です。
承認の根拠となった第Ⅱ相試験では、評価可能な31人中14人、約45%でがんの縮小が確認され、無増悪生存期間の中央値は13.1カ月でした。
抗がん剤とは作用の仕組みが異なるため、脱毛や強い骨髄抑制が比較的少ない点は利点です。
一方で、ほてり、疲労感、筋力低下、性機能への影響、骨密度の低下など、ホルモン治療特有の症状が見られます。
HER2は「がん細胞の増殖アクセル」
HER2は、細胞の表面にあるタンパク質です。
正常な細胞にも存在しますが、HER2の量が異常に増えたり、HER2遺伝子が増幅したりすると、細胞に「増え続けなさい」という増殖のアクセルがONになります。
HER2陽性には、ハーセプチンと抗がん剤の併用
日本では2021年から、HER2陽性の根治切除不能な進行・再発唾液腺がんに対して、抗HER2薬のハーセプチンと抗がん剤のドセタキセルを組み合わせる治療が承認されています。
国内第Ⅱ相試験では、治療効果を評価できた15人のうち60%で、がんの縮小が確認されました。
ハーセプチンがHER2という目印に結合して増殖信号を抑え、ドセタキセルががん細胞を攻撃します。
白血球や好中球の減少、感染症、脱毛、口内炎などドセタキセルによる副作用が見られ、ハーセプチンでは心機能低下があるため、治療中は心機能の検査を行います。
エンハーツも新しい選択肢になり得る
HER2を狙う薬として、抗体薬物複合体のエンハーツも注目されています。
これは、HER2を見つける抗体に強力な抗がん剤を結合させた薬です。HER2を目印にがん細胞へ近づき、細胞の中で抗がん剤を放出します。
HER2を発現する唾液腺がん17人を対象とした小規模な解析では、約59%でがんの縮小が認められ、無増悪生存期間の中央値は20.5カ月でした。
2026年3月には、日本でも「HER2陽性の進行・再発固形がん」に対して、標準的な治療が難しい場合の治療として承認されました。
また、エンハーツでは、まれですが重篤になることのある間質性肺疾患・肺炎に特に注意が必要です。
ARとHER2の両方が陽性になることもある
唾液腺導管がんでは、ARとHER2の両方が陽性になる場合があります。
その場合、どちらの治療から始めるかは一律には決まりません。
がんの進行速度、症状、転移している臓器、これまでの治療、体力、副作用の特徴などを踏まえて治療を選びます。
一般的には、比較的ゆっくり進行しているAR陽性がんでは、体への負担が比較的少ないAR標的治療が選ばれることがあります。
一方、短期間でがんを縮小させる必要があるHER2陽性がんでは、抗HER2薬と抗がん剤の併用が検討されます。
AR・HER2陽性は「治療の手がかり」
AR陽性、HER2陽性という結果は、がんが治りやすい、あるいは必ず薬が効く、という意味ではありません。
しかし、がん細胞がどのような仕組みを利用して増えているのかを知る、大切な手がかりです。
特に唾液腺導管がんでは、ARとHER2の検査によって、治療の選択肢が大きく変わる可能性があります。
なお、手術できる段階の唾液腺がんでは、現在も手術と放射線治療が治療の中心です。ARやHER2を狙う治療は、主に手術が難しい進行例や、再発・転移した場合に検討されます。
唾液腺がんは種類が多く、患者さんの数も少ないため、病理診断とバイオマーカー検査を丁寧に行い、それぞれのがんの性質に合わせて治療を考えることが重要です。













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