
点滴のパクリタキセルが飲み薬に?

濱元誠栄院長こんにちは、銀座みやこクリニック院長の濱元です。
乳がんの抗がん剤として、昔からよく使われている抗がん剤の一つに、パクリタキセルがあります。
パクリタキセルは、乳がん以外でも、卵巣がん、非小細胞肺がん、胃がん、子宮体がん、食道がん、頭頸部がん、血管肉腫などで適応となります。

パクリタキセルは点滴で投与するものなのですが、経口薬も開発が進んでいます。
そんな経口パクリタキセルの第3相試験の結果が、2026年に『Annals of Oncology』に報告されました。
結論からいうと、
経口パクリタキセルは、点滴のパクリタキセルに劣らない効果を示しました。
しかも、副作用の出方にはかなり違いがありました。
そもそもパクリタキセルは、なぜ飲み薬にできなかったのか?
点滴のパクリタキセルをそのまま飲んでも、腸からほとんど吸収されません。
腸には「P糖タンパク(P-gp)」という、異物を腸管内へ押し戻す仕組みがあります。また、CYPという酵素による代謝も受けるため、パクリタキセルは経口投与には向かない薬でした。
そこで開発されたのが、
DHP107
という経口パクリタキセルです。
DHP107はパクリタキセルを脂質に包むような特殊な製剤にすることで、消化管から吸収できるようにしています。
また、通常のパクリタキセル点滴に使われているCremophor EL(ポリオキシエチレンヒマシ油)を必要としないため、パクリタキセル点滴で問題となる過敏反応を減らせる可能性もあります。
549人を対象に、点滴パクリタキセルと直接比較
今回報告されたのが、国際共同第3相試験のOPTIMAL試験です。
対象となったのは、
HER2陰性の再発・転移乳がん患者549人
でした。
転移・再発後に化学療法を受けていない患者さんを、
経口パクリタキセル DHP107 277人
と
点滴パクリタキセル 272人
に分けています。
DHP107は200mg/m²を1日2回、1、8、15日目に服用。
点滴パクリタキセルは80mg/m²を1、8、15日目に静脈投与し、どちらも28日を1サイクルとして治療しました。
がんが悪化するまでの期間は変わらない
無増悪生存期間(PFS)の中央値は、
経口パクリタキセル 10.0か月
点滴パクリタキセル 8.5か月
でした。
ハザード比は0.869で、経口パクリタキセルの非劣性が証明されました。
つまり、
「飲み薬にしたことで、点滴より明らかに効果が落ちる」
という結果にはならなかったということです。
生存期間もほぼ同じ
全生存期間(OS)も、
DHP107 32.6か月
点滴パクリタキセル 31.8か月
で、ほぼ同じでした。
腫瘍縮小効果についても大きな差はなく、論文では奏効率がDHP107で43.3%、点滴パクリタキセルで38.8%でした。
今回の試験は、DHP107が点滴パクリタキセルより優れていることを証明する試験ではなく、
「許容できないほど劣ってはいない」
ことを確認する非劣性試験です。
数字だけを見るとDHP107の方が良さそうに見えますが、「経口薬の方が効く」とまではこの試験では言えません。
個人的に気になるのは末梢神経障害
*パクリタキセルの副作用には、以下のものがあります。

パクリタキセルを長く使うと問題になりやすいのが、手足のしびれです。
今回の試験では末梢神経障害が、
DHP107 37.9%
点滴パクリタキセル 48.3%
と、経口薬の方で少なくなっていました。
また、過敏反応や点滴に関連する副作用もDHP107の方が少なくなっています。
再発乳がんでは治療が長期になることがあります。
そのため、「効くかどうか」だけではなく、
しびれをどの程度抑えながら治療を続けられるか
という点は、実際の診療ではかなり大きな問題です。
ただし「飲み薬だから副作用が軽い」わけではない
一方で、DHP107にもはっきりした弱点がありました。
特に目立ったのが好中球減少です。
全グレードの好中球減少は、
DHP107 81.6%
点滴パクリタキセル 59.3%
Grade 3以上では、
67.2% vs 29.7%
とかなり差がありました。
発熱性好中球減少症も、
6.1% vs 0.8%
で、DHP107の方が多くなっています。
さらに、吐き気、下痢、嘔吐などの消化器症状もDHP107で多く認められました。
したがって、
「点滴を飲み薬に変えれば、楽で副作用も少なくなる」
という単純な話ではなさそうです。
副作用の種類が変わる
と考えた方がよさそうです。
点滴パクリタキセルでは末梢神経障害や過敏反応。
経口パクリタキセルでは好中球減少や消化器症状。
どちらが適しているかは、患者さんの状態によって変わってくるでしょう。
「点滴に通院しなくてよい」という価値
それでも、パクリタキセルを経口化する意味は小さくありません。
週1回のパクリタキセル治療では、
病院へ行き、
採血をして、
診察を受け、
点滴のルートを確保し、
前投薬を行い、
抗がん剤を点滴する、
という時間が必要になります。
これを何か月も繰り返す患者さんもいます。
経口薬になれば、こうした負担を減らせる可能性があります。
もちろん経口薬になっても血液検査や診察は必要ですし、今回の結果だけで「自宅で抗がん剤治療が完結する」という話ではありません。
それでも、治療のために病院で過ごす時間を減らせるのであれば、再発乳がんのように治療が長く続く病気では大きな意味があります。
すぐに日本で使えるわけではない
今回の結果はかなり期待できるものですが、日本では未承認です。
DHP107は韓国ではすでに胃がんに対して承認されている経口パクリタキセルですが、今回の結果がそのまま日本の乳がん診療を変えるわけではありません。
今後、日本を含めてどのように承認・開発が進んでいくのかを見ていく必要があります。
パクリタキセルが「点滴でなくなる」時代は来るのか?
最近の抗がん剤治療では、新しい分子標的薬や抗体薬物複合体(ADC)ばかりに注目が集まりがちです。
しかし今回の研究は少し違います。
薬そのものは、昔から使われているパクリタキセルです。
それを、
「どう投与するか」
を変える研究です。
新薬を開発しなくても、長年使われてきた抗がん剤を使いやすくすることで、患者さんの治療負担を減らせる可能性があります。
今回のOPTIMAL試験では、経口パクリタキセルDHP107は点滴パクリタキセルと同程度の治療効果を示しました。
一方で、末梢神経障害は少なく、好中球減少や消化器症状は多いという特徴も見えてきました。
将来、
効果、副作用、そして通院負担まで含めて、「点滴」と「経口」を選ぶ
ようになるかもしれません。













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